中華屋に行ったら特盛りだった話
仕事おわり、私は今までにないほどとにかく疲れ切っていた。オマケに時計は20時半を回っており、今から帰るとどんなに順調にいっても22時前後となってしまうことは確実であった。
(そこから自炊をするのは少々骨が折れるぞ)
5°という極寒(北欧の人間が聞いたら笑うであろうが)によりすっかり強ばってしまった体をきゅ、と縮め独りごちる。
ならば、もうよい。最近はダイエットと、節約のためなるべく自炊はするようにしているのだが、今日はもうこの疲労と、寒波と、残業のせいにしてさぼってしまおう。外食だ!
……都合の良い思考だとわたしも分かっている。
さて、では、何を食すか?
しかしまあ私の舌と脳は単細胞であるため、いつだって食べたいものは
中華 焼肉 オムライス
のどれかである。小学生から進歩してないというのはよく聞く文言ではあるがまさに私のことを指しているのだろう。
ともすれは、ちょうど目の前に中華料理屋があるではいか。お誂え向きとはこのことだ。
あまり滑りのよくない引き戸をギイ、と引くと台湾、あるいは中国人の店員が出迎えた。長い黒髪をきゅ、とひとつ結びにし、わずかに後れ毛が零れた女性。
私は知っている。こういう人がいる店、十中八九大当たりだ。いい予感しかしない。
とりあえず席につき、メニューを開き、真っ先に目に付いたものを反射的に読み上げた。
「麻婆豆腐定食で」
わたしのオーダーは無事通り、厨房にとどけられた。一息付き、まじまじとメニューの写真を見直す。
「麻婆豆腐定食」
ラーメン
唐揚げ
麻婆豆腐
烏龍茶
ごはん
えらいてんこもりではないか。
大丈夫なのこれ、ダイエット的な意味で。
しかしまあ豆腐はヘルシーだし、ラーメンも恐らく半ラーメンであろう。
まだあわてるような時間じゃない。うん。烏龍茶も飲むし。実質ゼロカロリー。私は必死に自分に言い聞かせた。
……まあそんな希望(といっていいのか)はそのあと見事に打ち砕かれる訳だが。
店員が私の定食を運んできた。
「揚げ物とラーメンはあとで持ってきます」
そんな彼女の言葉が耳に入らない。私の目線はお盆の上の白米に釘付けだ。
(日本昔ばなしレベルの米……!!)
参考:日本昔ばなしの米
いやいやいやいやいやいや
え?
とりあえず目を擦ってみたがやはりそこには日本昔ばなしの米。
参考:日本昔ばなしの米
マジか。思わず絶句をする。写真と全然違うぞこの量。逆パターならよくあるやつだけども。大丈夫か。思わず心配になる。しかし悲しいかな、私の中のデブな私が同時に心で高々と万歳をする。
実際麻婆豆腐はかなり美味しそうだし、つやつやの白米によく合いそうだ。私はもう何時間も空腹であり、そんな身にとっては目の前の白米と麻婆豆腐はこの上ないほどの幸せの具現化のようにも思えた。
なに、白米は多くとも麻婆豆腐は飲み物みたいなものだ。食べ切るのは容易かろう。
……私は忘れていたのだ。
先程の店員のことばを。
-揚げ物とラーメンはあとで持ってきます-
やがて、静寂は破られる。
「お待たせしました、ラーメンと唐揚げです」
ドン、まさにそんな音とともに、私の目の前に置かれた丼と皿、ラーメンと唐揚げ。
もう、思わず笑ってしまった。
そして同時に、先程のラーメンは恐らく半ラーメンであろう。という甘い推測をした時分を殴ってやりたくもなった。
…そのどんぶりは、どう見ても、何度見ても、瞬きしても「1人前サイズ」であったのだ。もしかしたら麺が少ないのか?と箸を入れてみたが、1人前分の麺の重みずしり、と私の手に落ちてくるだけだった。
さらに、唐揚げである。
手ですか?これ?と言いたくなるような大きさだ。マジで成人男性の手。しかもふたつもある。
さて、無事に揃った。わたしの麻婆豆腐定食。
1人前サイズの麻婆豆腐とラーメン
手のひらサイズの唐揚げ×2
日本昔ばなしのごはん
ジョッキ烏龍茶
3人前だよ!!!!!!
2人前どころじゃねえよ!!!!
これで800円とか赤字レベルだよ!!!!ありがとうございます!!!
だされたものは残さない主義だ。覚悟を決めろ、私は深く深く深呼吸をし、箸を手に取った。
サヨナラ✱ダイエット
基本健啖である私は、特に苦しむことなくそれらを平らげた。
悲しみと、達成感の入り交じった感情を、私は初めて覚えた。26年生きても、まだ知り得なかったものがあったのだ。
……あの中華料理屋には感謝をしたい。大切なことを教えて貰えた。
あと普通に美味しかった。
とりあえず明日は1日サラダだな。空っぽになった皿を見ながら誓う。そして、烏龍茶の最後の一口を飲み干した。不思議と、涙の味がした。