ノスタルジーと女子力

今日はあゆみちゃんと岐阜に遊びに行った

いつから岐阜は「遊びに行く場所」になったんだろうか。

Twitterにも書いたのだが、今の私にとって「岐阜」と「実家」は同じ場所でありながらぜんぜん違う場所だ。

岐阜は「行く」場所で、実家は「帰る」場所。

月イチで実家に帰ってる私は、つまり月イチで岐阜に足を踏み入れてる形になる。

しかし実家ではなく岐阜に遊びに行くことは、同じ岐阜でありながらなにやらスペシャルなものに感じられるのだ。


そもそも岐阜は私にとってエモさの塊だ。

同じ岐阜でも実家は幼少期をすごした場所で、そして岐阜は青春の場所なのだ。

私の人生で1番忙しなかった高校の場所だ。


思い出は補正されるもので、どうしようもなく輝いて見える。

例えば初恋相手とか。初恋相手とか。あー、あと初恋相手とか。元気であろうか。

谷山浩子さんの「冷たい水の中をきみと歩いていく」にこんな歌詞がある


みのらずに終わった恋は 

夏ごとにすきとおる 

みのらずに終わった恋は

こわいほどすきとおる


当時聴いていた時は何も思わなかった歌詞が、10年たった今こんなに響く。別に今更彼を好きなんて言わないが(今は今で好きな人いるし)、思い出の中で年々輝きを増しているのは事実だ。一種のノスタルジー病だろう。

話がそれたが、つまり私にとって岐阜はそんな場所だ。ノスタルジーに溢れている。

そんな岐阜に、高校時代の友人であるあゆみちゃんと遊びに行った。岐阜の大垣へ。

 

一応目的はちゃんとあった。2/2にアクアウォーク大垣で行われたTEAM SHACHIのイベント時に予約したCDを取りに行ったのだ。X枚(とても言えない)のCDはとても重かった。それでもドルオタにとってこの重みは誇りと充足感に塗れたものであるため、さほど苦ではなく、むしろちょっとニヤニヤした。本格的にやばいと思う。

 

正直言って、私は大垣にあまり思い入れがない。遊びに行った回数も1回くらいだ。思い出らし思い出もない。あえて言うならヒデキにたっかい焼肉を奢ってもらったくらいか。

でも、それでも、大垣の景観は私をどうしようもなくエモい気持ちにさせた。やはり大垣も岐阜だということだろう。あたりまえか。ノスタルジー病は正直苦しくて仕方ないので、本当に治してしまいたいが、良い思い出あるからこそのこの苦しみだと考えて甘んじて享受しようとは思う。

 

さて、岐阜で遊んだ後名駅で化粧品を買いに行った。女子力高めである。本当はアイシャドウだけを買うつもりだったのだが気づけば色々買ってしまっていた。

チーク、ノーズシャドウ、リップ、さらに化粧水と洗顔料。女子力高めである。(2回目)

化粧水と洗顔料は毛穴を引き締めるものを買った。なぜかと言うと私の毛穴はギアガの大穴レベルに広がっており、まったくもって醜いからだ。今まではなんとかファンデーションでパテパテして誤魔化してきたのだが、ココ最近それすら危うくなってきた。パテできるどころかファンデーションが塗った傍から毛穴にストンと落ちて汚らわしいブツブツとなるのである。とんだストートン島。そのためついに「毛穴を閉じる」専用の基礎化粧品に手を出したのだ。潤い、美白、とりあえず後回しだ。まず毛穴を閉じたいのだ。

 

ちなみに早速今日から使って見たが、スースーしてとても気持ちがよかった。高校時代使ったアクネの化粧水もスースーしてたがあれはちょっと強すぎてもはや痛かったのを思い出す。今回のはちょうどいい感じだ。これで無事毛穴が閉じてくれればいいのだが。あるいは勇者ロトをアレフガルドに落とせば閉じるのか。

 

 

今日は岐阜でノスタルジーに浸り、また買い物で女子力を補充した。なかなかいい一日だったと思う。明日の仕事行きたくない。

それでは。